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名経営者 小林一三・岩切章太郎の経営に学ぶ その4

小林一三の人材育成論に学ぶ

阪急・東宝グループの創始者で今太閤とも称された、小林一三は、「人を活かして使うということは難しいものだ。実際、私ぐらいわがままで、怒りっぽくって、その上、深刻に人を罵倒し、人を使う事にかけては零の者はあるまいと、自分では思っている」という。しかし、小林ぐらい人を活かして使った人はいないと思える。今回は小林一三の人材育成論を紹介する。

小林一三は、阪急電鉄を手始めに次々と会社を起こしたが、そのほとんどの後継社長に、自ら育てた人材を登用している。また、後継社長が育っていなくて苦労したこともないという。では、小林一三はどのようにして、人材を活かし、育てたのか。小林は、自著の中で、人材育成について次のように書いている。

「適材を適所に置くということは口では簡単に言えるけれど、そんなに適材など転がっているものではない。責任を持たせて、どしどし仕事をさせることが一番だ。無理に尻ぺたを叩いて追い使う事だ。時々『馬鹿め!』と頭から小言を言いつつ、使い回すうちには、大概の若い人には何でも出来るようになるものと信じて、その主義を実行している。
――略――
どうも彼はあそこが悪いとか、彼には到底難しいとかいう風に考え出すと、いかなる人にでも欠点があるのであるから、ちょっと責任を持たせにくくなってくる。活かして人を使うとするならば、その人に責任を自覚させて重く用いるという事が、一番間違いない方法だと信じている。そしてそれからそれからと、仕事をさせるようにしむけて、遊ばせておかないようにしておくに限ると思う」

小林の人材活用・育成は実践的だ。適材適所などと理想論をいわないところがいい。ところが、現在の多くの経営者は、自ら育てる努力をしないままに、適材がいないと嘆く。それでは育つものも育たない。どの企業もそうだが、創業時には豊富に人材がいるわけがない。小林も創業時は、寄せ集め世帯で、烏合の衆の集まりだったと述懐している。

そんな状況の中で、小林は自宅に人材育成の場をつくり、その上で仕事を任せることで、人材を活かし育てることに成功したのだ。
そんな小林の人材育成上のいまひとつの特徴は「叱咤」にある。冒頭に書いたように、小林は部下をよく怒ったようだ。「小林一三翁の追想」には、小林の元で働いた人が何人も登場しているが、そのすべてが、怒られたことを思い出話として書いているぐらいだ。

ただ、小林の怒りには意味があり、その怒りに耐え抜いた人ほど、その後、出世コースを歩んでいる。一番の例が、小林の鞄持ちを経験し、後に阪急・東宝グループのトップになった清水雅だ。清水は、小林を偲ぶ自著の中に次のような主旨のことを書いている。

「若い頃から、私は小林さんによく怒られた。何回怒られたか、ちょっと思い出せないが、とにかく随行していても、気がつかないことが多いから、ついやられてしまうのである。怒られた時は、如何にも残念に思うが、よく考えて見ると、どの面から見ても私の方がマイナスであるから仕方がない」
あるとき、清水が、前に怒られたことについて弁明しようとしたところ、「お前なんかに怒るものか、私に怒られるようになったら一人前だよ」と、小林に、いきなり出鼻をくじかれている。またあるときは、怒った後で、「お前を育てるには全く苦労するよ」と、いって、小林は立ち去っていったという。清水は、「何だか怒られていたことが、何もかもふっ飛んでしまって、後に残るものは、何かしら目がしらの熱いものだけというような感じが残ったことが度々あった」と、怒られた時のことを振り返ってもいる。
まさに、小林は怒ることで、意気に感じる人を育ててきた経営者でもあるのだ。

著者プロフィール

疋田 文明(ひきた ふみあき)
有限会社 ABO
経営コンサルタント・元気塾主宰
日本交通公社(JTB)勤務後、中小企業経営者を対象とした各種セミナーの企画・運営会社等々を経て、1979年に竹村健一未来経営研究会を企画設立し事務局長に就任。1986年に竹村健一氏のもとから独立。現在、フリーランスのライターとして活躍中。
http://www.hikita10.jp

[2009年9月10日 掲載]


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