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「イデシギョー」(ポケットティシュ生産量日本一)と「カイハラ」(デニムの雄)の経営に学ぶ ― その2
直販営業で勝ち残る
ポケットティシュ生産量日本一の「イデシギョー」とブルージーンズ用デニムで国内シェアが50%を超える「カイハラ」。前者は製紙業、後者は繊維産業と、極度に厳しい業界にありながら、両社ともに好業績を上げている。そんな両社には、生産、営業両面にわたって見事なまでの共通項がある。
積極的な設備投資だけが「イデシギョー」と「カイハラ」の強さの源泉ではない(前回参照)。もうひとつ両社に共通するのは、メーカーの枠を超えたとも言える営業面での施策だ。
トイレットペーパーやティシュペーパーが主力商品だった「イデシギョー」は、営業を問屋に依存していた。ところが問屋経由だと、ライバルが安い商品を出せばそちらから買うということが頻繁にあり、販売が安定しない。それ以上に悩みだったのは、ユーザーの声が聞こえてこないということだった。そこで「イデシギョー」は、問屋不要論が盛んだった10数年前に、問屋経由から直販へと切り替えたのだ。
ただ、これほど言うは易し行なうは難しこともない。問屋からの抵抗はなかったのだろうか。
「全部の問屋との付き合いを一度にやめたら本当にまずかったでしょうが、徐々に切り替えていきましたからね。1番最初は1番取引額の少ない岩手県に拠点をおいて直販に切り替え、そこから順番に首都圏に向けておりてきました。それと問屋さんは、自分たちの仕事が大変だから、イデシギョーに直販はできるわけはないと高をくくっていたのではないでしょうか…」(井出純一会長)
直販にすれば問屋への売上げはゼロになる。問屋向けの売上げが落ちるのと、直販での売上げを伸ばすのとどっちが速いかの勝負だったが、イデシギョーは見事なまでの勝ちを手にしたのだ。
問屋にしても同業者にしても、イデシギョーに直販は無理だと考えるのはおかしくはなかった。直販をするとなれば自前の物流センターが必要になってくる。地場の中小の製紙会社にそこまでの力はないと見られていたのだ。しかし、井出会長には攻めないと勝てないとの強い想いがある。設備投資と同じく、直販に転じるにあたっても積極的に資金を投入し、営業拠点と物流センターを整備していったのだ。ここでも「イデシギョー」の積極的な設備投資が功を奏したと考えればいいだろう。
直販に切り替えたことでイデシギョーの強さはより強固なものとなった。量販店との絆が強くなったことが何よりよかった。
「小売りの方と直接話しができるようになって、こういうことで悩んでいるといったことも聞かせてもらえるようになりました。結果、あるホームセンターの物流の95%を、当社の物流センター経由で各店に配送しています。こうなると取り引きではなくて取り組みですから、強いですよ。ここまでやっている同業者はいません」
自前の物流機能を持つ直販に切り替えたことによって、商品開発のありようも変わってきた。
「極端なことをいえば、いまホームセンターで売っているものはなんでも当社から買ってもらえる可能性があるのです。だからアイテムがドンドン増えてきましたよ」
京花紙、ちりがみでスタートを切ったイデシギョーだが、いまでは、トイレットペーパー、ティッシュペーパーばかりでなく、ウエットティッシュ、紙おしぼり、ペット用品、介護用品、清掃商品、キッチン用品等々と紙をベースにした商品は増えるばかりだ。
直販になってからのイデシギョーの営業は、売り込みだけが仕事ではない。顧客の声を吸い上げて商品開発に生かすことも重要な仕事になってきている。営業会議では、営業担当者に、売れそうな商品を必ず買ってこさせて、商品開発の研究に供しているという。
「カイハラ」の営業戦略については次回に紹介する。
著者プロフィール
疋田 文明(ひきた ふみあき)
有限会社 ABO
経営コンサルタント・元気塾主宰- 日本交通公社(JTB)勤務後、中小企業経営者を対象とした各種セミナーの企画・運営会社等々を経て、1979年に竹村健一未来経営研究会を企画設立し事務局長に就任。1986年に竹村健一氏のもとから独立。現在、フリーランスのライターとして活躍中。
http://www.hikita10.jp
[2008年7月10日 掲載]
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