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カルビーに見る「ロングセラー商品」誕生の秘密 --その1

~スナック菓子は生鮮食品の考えで、一気に売上5倍~

コンビニにおける弁当やおにぎりの売れ筋商品の寿命は40日程度だと聞いたことがある。この期間は短くなるばかりだとも聞いたが、こんな時代にあって、ベストセラー商品は、どうすれば誕生させることができるのだろうか。「かっぱえびせん」「ポテトチップス」といったロングセラー商品を持つカルビーを題材にその答えを探ってみたい。

カルビーが「ポテトチップス」を発売したのは1975年のことだった。当時、日本国内では30社以上が「ポテトチップス」を発売しており、カルビーは後発でのスタートだったが、いまでは77%のシェアを持つまでになった。文字通りに、カルビーの「ポテトチップス」は、ヒット商品、ロングセラー商品になったのだが、発売当初は予定通りには売れなかった。当時の様子を松尾社長は次のように振り返る。

「初年度は全然売れませんでした。30億円から40億円を目標に馬鈴薯を集めていたのに、売れたのは14億円でした」

ところが翌年には、流通政策を変えることで、5倍以上、80億円も売ったというのだ。

「67年に、アメリカに『かっぱえびせん』を売りこみに行った時に、ニューヨークのある人から、スナック食品は生鮮食品と同じで、昨日つくったのを今日売るというような流通政策をしないと売れない、と教えられていたのです。『ポテトチップス』発売の8年も前に教えられたことを思い出して、店頭での鮮度管理を重視した、流通政策に転換したのです。従来の菓子産業は、メーカーは、原料屋さんにアプローチして材料を調達し、商品化したものを問屋さんに持ちこんで販売してもらうという形で成り立っていました。それを、メーカー(二次産業)が直接農家(一次産業)にアプローチして原料を調達し、加工した商品を、直接売場(三次産業)にアプローチして売るというスタイルに変えたのです。先発の30数社のポテトチップスメーカーも、農家や店頭に足を運びはしたでしょうが、改革まではしなかった。カルビーが『ポテトチップス』では後発にもかかわらず、77%のシェアをとれたのは、一次、二次、三次産業の3点でサプライチェーンを構築できたからではないでしょうか」

産地、メーカー、小売業の3点でサプライチェーンを構築したとはいうものの、カルビーの場合は、小売業への納品は問屋に依存している。メーカーが直接店頭に出向くことに問屋は拒否反応を示さないのだろうか。問屋との関係について、松尾社長に聞いてみた。

「まず、クレームの件ですが、問屋さんが自ら機能革新して、『これは私の仕事だよ』と、いえる人たちがいれば、そういうふうになったかもしれません。ところが、問屋さんがやれないから、メーカーがやるしかないというふうになってきたのです。菓子専門店が多かった時代には、問屋さんのセールスマンは、ひとつひとつの店を回ってアフターサービスをやっていました。ところが、量販店が主流になってくると、問屋さんのセールスマンは本部にいって商談をするだけで、店にはいきませんから、店頭でのアフターサービスができなくなってきたのです。問屋さんのアフターサービスという足が熔けてしまったんですから、メーカーがやるしかないということです。問屋さんには中間流通をお願いしています」

いかがだろうか。スナック菓子は生鮮商品だという考えで、店頭での鮮度管理を徹底することと問屋との機能を明確に分担することでヒット商品となったという松尾社長の考えは実に示唆するところが大きいと思える。しかし、これだけでは、「ロングセラー商品」は生まれないともいうのだが、その話は次回に譲る。

著者プロフィール

疋田 文明(ひきた ふみあき)
有限会社 ABO
経営コンサルタント・元気塾主宰
日本交通公社(JTB)勤務後、中小企業経営者を対象とした各種セミナーの企画・運営会社等々を経て、1979年に竹村健一未来経営研究会を企画設立し事務局長に就任。1986年に竹村健一氏のもとから独立。現在、フリーランスのライターとして活躍中。
http://www.hikita10.jp

[2003年6月20日 掲載]


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