「海外進出」
第4回 国の違いを『日本における地域の差』程度の感覚に
ニッチのNO.1カンパニー。『折りたたみイス』で国内シェアNO.1!
最終回となる今回は、実際に海外進出を果たした企業の事例を紹介します。
ご登場いただくのは、三重県に本社を置く「三恵工業株式会社」。誰もが使ったことのある『折りたたみイス』で、国内シェアNO.1の会社です。1951年に「株式会社三惠ブレーキ製作所」として設立。当初は自転車のブレーキを製作していたのですが、折りたたみイスを買ってきて、遊び半分に見よう見まねで作ってみたらことのほか上手くでき、試しに売り込んでみたら意外に好評。「それなら」ということで、1955年に「三惠工業株式会社」に商号を変更し、イスのメーカーとして再出発。以後順調に販売量を増やし、1983年頃からシェアNO.1となり、現在に至るまでずっとその座をキープしています。
「昔はメーカーさんもたくさんあったんですが、折りたたみイスの需要も減少していったため、皆さん厳しくなってどんどん撤退されていったんですね。だから結果的にNO.1となったという感じですが(笑)」
代表取締役社長・岡田信春氏は謙遜しながらこう笑うが、もちろんそれだけがNO.1の理由ではありません。事実、『折りたたみイス』の需要は減少しましたが、それに替わる、いわゆる『スタッキングチェア』(折り畳めないが、積み重ねて収納できるイス)の需要はどんどん増えています。同社はこの『スタッキングチェア』でもトップクラスのシェアをキープしているのです。現在同社の製品は、(株)内田洋行・(株)ライオン事務機・(株)岡村製作所・プラス(株)など、大手ブランドにOEM供給するとともに、独自の「サンケイ」ブランドでも代理店を通して全国に販売しています。
同社のNO.1の秘訣は「常に新しいチャレンジ、提案を」していくその姿勢にあります。同業他社が撤退していく中で、ぶれることなくひたすら『折りたたみイス』に的を絞り、より使いやすくより高品質な製品を追求。1992年には『折りたたみイス』として日本で初めて完全リサイクル可能な製品を開発し、大好評を呼びました。以後このシリーズが、同社の主力ラインナップのひとつとなっています。
まずは委託加工から
同社はタイで生産・販売を行っていますが、そのきっかけはタイ企業との技術提携がはじまりでした。
海外での生産・販売を考えていたおり、タイの企業が『折りたたみイス』の技術指導をしてくれる企業を探しているという情報を得、海外進出の足がかりにと同社が手を挙げたのです。技術指導先はタイの「リールンルアンスチール株式会社」で、金庫などを製造販売していた企業。
「ただこうやって作りますと教えても身につかないだろうから、うちのラインナップの中で一番価格が安く、製造も簡単な商品を実際に作ってもらおうと考えたんですね」(大森久男専務)
しかし、もともとタイの工業技術力は日本より低く、しかもリールンルアンスチール社には、イスづくりのノウハウもなかった。
「最初はかなり苦労しましたが、タイ人は穏やかであまり強く自己主張しない人が多い。だからこちらの指導を素直に聞いてくれ、彼らなりに一生懸命努力してくれました。性格的に日本人とあまり変わらない気がしますし、治安もアジアの中でも一番くらいにいいんじゃないでしょうか。それととても親日的なので居心地もいいですね。きちんと信頼関係を結べば変に裏切ったりということはないと思います。人件費が日本の5分の1くらいで済むのも、やはり大きな魅力です」(岡田社長)
1年程度かけて指導した結果、満足のいくクオリティの製品が安定して生産できるようになり、年間10万脚の折りたたみイスを生産してもらうことになったのです。
また、原材料や部品は現地調達ですが、タイ企業の製品ではなく現地の日系企業から仕入れているそうです。
「タイ企業の製品だと、例えばネジひとつとっても、ネジ山がちゃんと切れてないなどということもあり、仕上がりにばらつきがあります。品質を優先する考えから、日系企業から仕入れていますので、材料費的には日本とタイでほとんど変わらないのですが、人件費が安いので結果的にコストダウンにつながっています」(荻野和成常務)。
こうしてOEM元としてのつきあいを続け、お互いの信頼感が強固なものになった数年後、「リールンルアンスチール株式会社」とサンケイとで合弁会社「リーコ・サンケイ株式会社」を設立することになったのです(出資比率は、タイサイド51%・日本サイド49%)。
日系企業をトリガーに販路開拓
「リーコ・サンケイ株式会社」を設立した以後は、タイ国内向けの販売を積極的に行っています。日本では卸を通して流通に乗せることも多いのですが、タイでは「直販」が基本。新しい事務所や工場が開設・移転・増築するタイミングで営業をかけていくのです。イスだけではラインナップが弱いため、リールンルアンスチール社のイス以外の製品や、他社のオフィス家具もカタログに盛り込み、オフィス用品の総合販売会社として企業に直接販売しています。現地の営業マンは日本人3人、タイ人3人。日本人部隊が先陣を切るかたちで動いています。
当初の主な営業先は、タイに進出した日系企業。現在すでに相当数の日系企業が進出しており、日系企業だけでも、ある程度のマーケットになるそうです。
「現地法人を出して何十人・何百人の従業員を抱えている日系企業でも、日本人管理職は数人程度。日本人との交流に飢えている部分もあるんですね(笑)。だから電話すると大抵会ってくれるんです。『おお、あなたも日本からはるばるタイまで来ているのか。お互い情報交換しましょう』といった感じで、日本ではそうそう会ってくれないような大企業の幹部でも、タイでなら会える(笑)。そしてそこの関連会社や、タイの取引先を紹介してくれたりもします」(岡田社長)
こういった地道な直販営業を重ね、取引先は順調に増加。日系企業をトリガーとして、タイ企業にも販路を拡げています。
現地の信頼できる企業・人との出会いが大切
「現在、タイの他にもインドネシア・ベトナム・中国・台湾など、アジアの他国でも、現地の企業と協力して生産を始めています。これからは国の違いを『日本における地域の差』くらいの感覚に思えるようにならなくてはいけない。動けば希望も見えてきますが、失敗を恐れて何もしなければ、当たり前ですが何も発展しません。地道で小さなことからでも、まずは初めることが大切です。日本人だけで全てをやろうとすると大変な面も多いと思いますが、現地の信頼できる人間・企業と出会えれば、非常に有利になってくると思います」(岡田社長)
同社は生産・販売どちらの面でも、非常に現実的で手堅い進出方法を選択しているといえるでしょう。生産拠点として進出したいのなら、同社のようにOEM元を探すところから始めると、地道ではありますが成功する確率は高くなります。その交流の中から現地とのパイプも生まれ、場合によっては同社のように合弁企業設立ということも可能になるのです。
販売面でも、最初から現地のマーケットを相手にしようと考えるとかなり敷居が高く、乗り越えるべき壁も多くなりますが、同社のように「まずは日系企業を足がかりに」と柔軟に考えると、ハードルはおのずと下がってきます。そうして基盤を固めながら徐々に現地のマーケットに販路を拡げていくのも有効な手段のひとつです。
グローバルな視点は、グローバルな活動からしか生まれません。様々な情報を収集して候補地が絞られれば、とにかく一度現地に行ってみましょう。全てはそこから始まるかもしれません。
著者プロフィール
小島 琢矢(こじま たくや)
小島経営研究所 代表- 1970年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 博士課程修了。博士(学術)。チェスの1993年世界青年(U-26)チーム選手権では 日本代表キャプテンを務めた。大学院、NTT基礎研究所では、コンピュータ囲碁の研究を行う。その後、NTTコミュニケーションズ(株)に移り、マーケティング、経営企画などを担当。
2005年3月に独立し、現在、経営コンサルタントとして、コンサルティング業務、講演、各種執筆を行っている。専門は、ブルーオーシャン戦略、経営品質向上プログラム、マーケティング、内部統制、リーダーシップなど。
著書:「ポケット図解 新会社法がよ~くわかる本」(秀和システム) (2005年11月出版)
http://www.kojima-keiei.biz-web.jp
[2006年6月8日 掲載]
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