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コンプライアンスの“かたちと心”
第2回 「過去の事件を教訓に」

毎日のようにコンプライアンスに関わる問題が新聞紙面をにぎわしている。最近、シンドラー社のエレベータ事件が発生したが、これもまたコンプライアンスに関わる。管理会社が何度か変わり、事故関連情報の流通にも問題があったようだ。
先日も大手電機メーカーの原子力発電所に関する事件で、「6人を新たに処分 流量計データ改ざん」という記事があった。
何があったのだろうか?と思い、直ちにその大手電機メーカーのホームページに飛んだ。
ネット社会だからすぐに情報が調べられるし、他方、世界中に様々な形で情報が乱れ飛んで行く。著名な優良会社であっても、直ちに正しい行動をとらないと風評被害すら発生しかねない。
その企業のホームページを見た。同社では、理念、倫理規定、行動指針、様々な仕組等優れたコンプライアンスの体制がとられているように思えた。
にもかかわらず、なぜこのようなデータ改ざんのような問題が発生したのだろうか?と素朴に感じた。
さすがに優良会社だけに、詳細なプレスリリースが発表されていた。社内調査の状況の項目を見ると、「現場において、納期に間に合わせるための判断だった」という趣旨の文章が目に入った。どうやら納期に間に合わせるためにコンプライアンス(法令順守)が犠牲にされたようだった。
なぜ現場の担当者はここで踏みとどまれなかったのだろうか・・・・。
コンプライアンスの体制が整い、すでに雪印食品事件やニッポンハムの事件等の過去多くの事例があったにもかかわらずだ。
過去の事件の多くのように、従来からの業界慣行とか暗黙の常識のような何かで担当者の感覚が鈍磨していたのだろうか?・・・・。
私の中で様々な思いが去来した。
すでに会社がなくなってしまったが、2001年10月に発生した雪印食品の牛肉偽装事件の事例はこうだった。
日本国内産牛肉にBSE(いわゆる狂牛病)にかかったものがあることが農林水産省から発表されたのを受けて実施された国産牛肉買い取り事業を悪用した事件で、オーストラリア産の牛肉を国内産と偽って国内産牛肉のパッケージに詰め込んだケースである。
当時の雪印食品のミートセンターのスタッフが、この農林水産省の情報を得て、同センターの営業会議でオーストラリア産牛肉を国産用の箱に詰め替える決定がなされ、詰め替えが行われた。
その後の新聞情報などによると、この担当責任者は、業績が苦境の会社のために良かれと思い、このことに踏み切ったようだった。
が、結局、会社が消滅する結果を招いてしまった・・・・。

いずれにしろ、ここのところ、コンプライアンスに関する問題は枚挙に暇がない。現に監査すべき中央青山監査法人のカネボウ粉飾事件もあったばかりだ。公認会計士としての厳しい倫理基準があるにも関わらずだ。
なぜなのだろうか?
成果主義が叫ばれ、欧米的経営手法等の導入、人員削減等の様々な効率化が進むに従って、このような問題が増えてきているような感すらある。
何がそれらの企業に欠けていたのか、様々に原因を考えていくうちに、以前にしたアサヒビールの福地茂雄相談役(前会長)との対談が思い出された。
対談の中でのCSRやコンプライアンスをテーマにした“心とかたち”という箇所だった。
ポイントは次のような内容だった。

「心は形を求め、形は心をすすめる、という言葉がありますが、“心”と“形”が一致しなくて様々な問題が起こっていますね?」と私が福地相談役に聞いた。
「食品産業における不正表示や品質保証に関する不祥事は、コンプライアンスにあたるといえるでしょう。これらは、消費者に根強い不信感を植え付けました。不祥事を起こした企業やその商品が、いずれもISOやJASを取得したり、HACCPという“形”を導入していただけに、品質保証の“心”とは一体何なのか、といった疑問を生じさせたのではないでしょうか」
「なるほど。ISOやHACCPなどの“形”は心をすすめなかったのですね。では、御社では、どのように取り組んでおられますか」
「生産部門が毎年提出してくる設備投資予算の中で、こと品質保証に係る投資については、一度たりとも削ったことはありません。したがって、設備の面では考えられる全ての品質保証の“形“が出来たと思っています。しかし、私が生産部門についていつも言うことは、品質保証は最後は人間がすることであり、設備が万全となった分だけ『安心感』や『気の緩み』などが生じていないか、ということです。
また全工場がISO9000シリーズを取得したことが、即お客様に対する品質保証につながるものではありません。工場にいかに立派な品質保証の設備投資をしても、それはひとつの手段にしかなりません。社員の品質にかける“熱い思い”や“心”こそが、本当の品質保証を創り出すのだと戒めています」
「まさに同感です。“形”を作ることはやさしいですが、“形”に“心”を入れることは、本当に難しいですね。CSRにしろ、コンプライアンスにしろ、人材育成・教育にしろ、すべてそうですね」

HACCP(危害分析・重要管理点)手法は、1960年代に米国で宇宙食の安全性を確保するために開発された食品の衛生管理の高度な方式だったが、先ほどの事例の雪印食品では、このHACCPという“形”を整えていたが、残念ながら効果がなかった。

本稿では、大企業の例を中心に見てきたが、中堅・中小企業とて、対岸の火事と安閑として入られない。“心”となれば、なおさらすべての企業共通の問題だ。
形も重要だが、人の“心”に光を当てなければダメなのだ。
そして、そのために、人の心にどれだけ光をあてて、教育・研修がなされているかだ。そのことが、企業の命運すら左右する時代になってきた。
今あらためて、心は形を求め、形は心をすすめる、という言葉の真意を想起していただき、過去の事件を教訓に、立派なルールや仕組みという“形”だけではなく、人の“心”に焦点を当てることこそが、コンプライアンス経営を成功させる根本なのだということを、心に銘じていただければ、幸いである。

<CSR>(Corporate Social Responsibilityの略。企業の社会的責任)
企業を社会の一員とみなし、コンプライアンス、環境への配慮、雇用の確保、適切な情報開示、社会貢献などを要求する考え方で、顧客、株主、社員、取引先、地域社会といったステークホルダー(利害関係者)全体の要求を満たす“グッドカンパニー”、"倫理観のある品格の高い企業”であることを企業に求める。
企業の不祥事の増加や、社会貢献、環境意識の高まりを受け、CSRは企業活動を遂行する上で、必須の概念になりつつある。特に欧米では、CSR活動は重要な課題となっている。

<HACCP>(Hazard Analysis Critical Control Pointの略。危害分析・重要管理点手法)
HACCPは、1960年代に米国で宇宙食の安全性を確保するために開発された食品の衛生管理の手法で、国連の国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機構(WHO)の合同機関である食品規格(CODEX)委員会から発表され,各国にその採用を推奨している国際的に認められたもの。(農林水産省総合食料局食品産業企画課(技術室)作成資料より)

著者プロフィール

皆木和義(みなぎ かずよし)
CSIR総合研究所、皆木アソシエイツ代表
【分野】
経営戦略・計画・組織・人事制度・IPO・企業再生・M&A
【業界】
製造業・消費者向けサービス業・小売・流通・FC
【会社名】
CSIR総合研究所
1953年、岡山県生まれ。早稲田大学法学部卒。成長戦略、IPO、IR、CSR、組織活性化、人財育成を中心とする実践派の経営コンサルタントとして活躍する傍ら、作家として文筆業にも従事。
過去には、稲盛和夫京セラ名誉会長主宰の「盛和塾」や樋口廣太郎アサヒビール元会長を囲む「廣志会」の代表世話人を務めるなど、経済界に広い人脈を持つ。
作家としては、2003年に、「日経ビジネス」に連載した歴史小説「宮本武蔵」が好評を博す。現在「日経ベンチャー」に経済小説の「楽土の商人 小説松下幸之助」を好評連載中。
他に「ビジネス五輪書」(講談社)、「武蔵の学習力」(日経BP社)、「松下幸之助と稲盛和夫」(総合法令出版)、「稲盛和と中村天風」(プレジデント社)、「羊のリーダーで終わるか ライオンリーダーになるか」(中経出版)など著書多数。
minagik@gem.hi-ho.ne.jp

[2006年8月10日 掲載]


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