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「100億の壁」
第4回 100億の壁を突破した企業の例:ホンダクリオ新神奈川

第1回では売上高100億の壁を突破するための基礎固め、第2回では100億円に向けての攻め(売上拡大策)、第3回では売上拡大を支えるための守り(社内体制強化)について説明しました。最終回となる今回は、実際に売上高100億円を突破した企業を取り上げ、100億の壁を突破できた秘訣について具体的に説明します。

小さな一流企業 ホンダクリオ新神奈川

取り上げた企業は、株式会社ホンダクリオ新神奈川(相澤賢二会長、新海克巳社長)です。同社は、神奈川県大和市を基盤に15店舗(新車12店舗、中古車3店舗)を展開しているホンダのカーディーラーです。社員は201名、売上高は119億円(2004年度実績)。

一流の大企業が何年かかってもなかなか受賞できない権威ある日本経営品質賞を2004年に挑戦初年度でいきなり受賞しています。また同社は、ホンダがホンダ系列の全ディーラーに対して行っている顧客満足度調査で、1997年から最新の2004年まで8年連続で日本一に輝いています。顧客満足だけでなく、営業社員一人当たりの平均月販売台数も約7.5台と、ホンダディーラーの全国平均3.9台の約2倍です。

今回、常務取締役兼経営企画部長の田中豊氏にインタビューを行い、ホンダクリオ新神奈川が100億円を突破できた秘訣を探りました。

確固たる判断基準:バリュー(価値観)の浸透

ホンダクリオ新神奈川の最大の強さの秘密は、同社の基礎力の強さにあります。特に、第1回で説明したバリュー(価値観)を創業4年目の1973年に設定して以来、全社に浸透させている点です。同社のバリューは、「顧客満足が第一」で、そのためには「社員教育が必須」だということです。この2つは車の両輪となっています。

同社では、社員は髪を染めてはいけません。いまどきの若者であれば、染めていないほうが珍しいかもしれません。その理由は、不快に思う顧客がいるからです。ただ、これは固定化したものではありません。例えば、以前は女性の指輪やピアスは禁止でしたが、不快に思う顧客が少なくなってきたため、現在では華美なものでなければ認められています。あくまでも見直す基準は顧客にあります。

社員教育では理由を教える

このような考えを徹底するには、第3回の「守り」で説明した、社員教育が必須となります。そのときに、必ず理由から説明します。理由を知ることで納得感を持つことができ、また理解が深まり、応用することも可能になります。

もう一つの例として、修理などを担当するサービスマンは、必ず片ひざをついて接客します。理由は、顧客と目線を合わせることと、服が油などで汚れている可能性があるため、椅子に座らないのです。理由を知っているので、顧客から椅子を勧められても座らない理由を説明することができます。ここでも大本の理由は「顧客のため」です。このように方針が一貫しているため、新しい事態が生じた場合、社員が自分の判断で応用することが可能なのです。

人間力を磨くことが究極の社員教育

同社の社員教育とは、このようなテクニックだけではありません。究極の目標は「人間力」を磨くことにあります。創業者の相澤賢二会長は、「顧客が商品を買う理由は、商品が良いからではない。人間を見て買ってくださるのだ」と言います。だからこそ、「人間力」を磨かなければならないのです。このために同社が行っていることとして、読書感想文があります。毎月1冊の本を会長が選び、全社員が感想文を書きます。提出率は、常に100%です。他に、女性社員は仕事の一環として茶道とフラワーアレンジメントを習っています。

社員教育の根本は30S

製造業における行動指針として、よく5Sと言います。これは、「整理、整頓、清掃、清潔、躾」の5つのSを意味しており、常にこれを心がけるようにという教えです。ホンダクリオ新神奈川では、5つではなく、なんと「30S」を設定しています。これが社員教育の中核となるものです。そして、単に用語を書いておくだけではなく、その意味まで説明しています。例えば、「整理」とは「無駄なものを捨てる」、「整頓」は「必要なものを必要な場所に置く」というようにです。このほかのSとしては、「素直」(注意や忠告を受け入れること)、「誠実」(嘘やごまかしがないこと)、「真剣」(命がけで行う)、「ショールームはリビング」「失敗は会社の財産」「先生はお客様」などがあります。

中でも重要なのが「先輩がマニュアル」というものです。実はホンダクリオ新神奈川にマニュアルはほとんどありません。その代わりに先輩を見れば、それがお手本になるのです。マニュアルに書いてあることをほとんど守っていない会社とは大違いです。誤ったことをすると、すぐに年の上下に関係なく、周りの人が注意します。このように社員がお互いに高め合っているのです。

「全員が平等」という価値観

さらに同社の重要な価値観として、「全員が平等」ということがあります。ともすれば営業部門が第一と見られがちですが、営業部門だけでは会社は回りません。サービス部門や事務部門も同様に重要なのです。これを気づかせるために、優秀営業マンに届けられるF1の招待券などは、必ず他部門の人を行かせるのです。こうすることによって、営業マンも招待券をもらった人も、お互いに感謝するようになるのです。

バリュー(価値観)に基づく戦略

第2回では、「攻め」のためには戦略の立案が重要であると説明しました。この戦略は、ミッション・ビジョン・バリューに基づかなければなりません。ホンダクリオ新神奈川では、バリューに基づいて戦略を立案しています。その例として、保険に関する戦略を取り上げましょう。

カーディーラーでは、昨今の景気低迷に伴い新車販売における利幅が薄くなってきている状況から、新たな収益源を保険に求めています。車に乗る人のほとんどは任意保険に加入しています。そのため、車を買った際に保険を売るチャンスは十分にあります。多くのカーディーラーでは、保険の代理店となり、新たな収益源としています。つまり、収益のことだけを考えれば、代理店の利点を有効活用するのが得策に見えます。

しかし、同社がとった戦略は異なりました。同社は、代理店ではありますが、既存の保険代理店との連携による保険の取得に徹することにしたのです。収益のことを考えれば、当然、自社のみでやったほうが得です。では、なぜ、同社は他社との提携を選んだのでしょうか。それは、店が休みの日に事故が起こった際などにお客様にその時その場で充分な満足を提供することが難しい、という考えからなのです。つまり、顧客第一という価値観から、100%の収益を得る道を捨てたのです。

このように戦略とは、ミッション・ビジョン・バリューに制約されるものなのです。利益を第一とせず、バリューに基づき判断を行ったよい例と言えます。

トップの意識が変わったとき

お話を伺った田中常務が入社した1985年当時は、5店舗だけでした。この時は、まさにワンマン社長の会社だったといいます。転機は7店舗に増えたときでした。今までは社長が全店に回り、すべての指示を社長が出すことが可能でしたが、7店舗となると物理的に難しくなってきました。ここから、徐々に店のことは店長に任せるように社長の意識が変わったといいます。

さらに、1993年にホンダクリオ湘南を合併し、新たに4店舗が加わり、7店舗から11店舗に一気に増えました。この結果、社長は新しく加わった4店舗に注力したため、結果的には既存の店長は自立することにつながりました。

このように規模が大きくなると、必ずトップの意識を変える必要があるのです。

合併を成功させた秘訣

第2回で説明したように、「攻め」(売上拡大)のためには、事業領域(「誰に(顧客)」「何を(商品)」「どうやって(販売方法)」売るか)の拡大が必要です。ホンダクリオ新神奈川がとった手段は、M&A(合併)でした。カーディーラーはテリトリー制(同一地域は基本的には1社のディーラーが担当)になっているため、合併によって、事業領域のうち顧客(「誰に」)を増やすことができました。この結果、売上がそれまでの約60億円から約90億円に増えました。合併後、新しく加わった店舗の売上が伸び、100億円を突破することになりました。

合併をすれば単純に売上はその合計にはなりますが、その後に売上を伸ばすことは必ずしも簡単ではありません。同社はなぜ成功したのでしょうか。ポイントは2つあります。1つは、従来の社員と新しく入ってきた社員に優劣を付けないということでした。そのため、どちらの社名も残さずに、全く新しい社名「ホンダクリオ新神奈川」に変更しました。この背景には、先ほど説明した「全員が平等」という価値観があります。 また、合併した会社とは社風が全く異なっていました。そのため、価値観の統一を図るため、社長自ら徹底的に新しい店舗に出向き、社員に語り掛けました。これがポイントの2つめです。価値観の合わない社員の中には辞めていった社員もいたといいます。それでも、従来から明確な価値観を持っており、それを伝えることが大切だと考えたからこそ、合併は成功しました。

ホンダクリオ新神奈川は、基礎(バリュー、価値観)がしっかりしていたため、その基礎を浸透させることで、合併を成功させ、100億円を突破することが可能となったのです。

情報共有の仕組み

第3回の「守り」で、権限委譲のためには、適切な情報を社員が持つ必要がある、という説明をしました。

ホンダクリオ新神奈川では、すべての情報は全員が知っています。例えば、新車の利幅から自店の利益、他店の売上・利益まですべての情報を全社員が知っているのです。そのため、顧客と価格折衝する場合でも、社長と同じ情報を持っているため、自分自身で判断することが可能なのです。

各店毎に、日次で決算報告を店長が行います。その際、店長が自ら数値を入力することで、数字を実感することができます。

情報共有はFaxで行われます。各店舗から本部に送信された情報は、全店に対してFaxされます。これはFaxがまだ高価だった20年前から導入されています。そして、各店ではその情報が店に張られたり、各人にコピーで配られたりします。そのため、各人は全店の中での自店の位置づけが明確に判ることになります。 情報は生かさなければ意味がありません。管理部門だけが使っている情報では意味がありません。同社では、意味が分からなければ、社長や店長が説明を加えることで、社員一人ひとりにとって生きた情報にしているのです。

以上のように、ホンダクリオ新神奈川がなぜ100億円の壁を突破できたのかについて説明しました。最大のポイントは、基礎(バリュー・価値観と社員教育)がしっかりとしていたため、合併という機会を生かして売上を伸ばすことができたと言えます。しっかりした基礎が何にもまして重要だということを示す良い例と言えます。

4回にわたって売上高100億円の壁を突破するための方法とその具体例について説明してきました。壁にぶつかっている企業は、売上を増やそうとするあまり、「攻め」にばかり目が向きがちです。しかし、壁を突破するには、基礎、攻め、守りの3拍子そろってはじめて可能になるのです。特に基礎がしっかりしていないために、「社長踊れど社員踊らず」、という企業も多々みうけられます。ミッション・ビジョン・バリューを再確認し、基礎をしっかり固めることによって、全社員一丸となり、らくらくと壁の突破が可能となるのです。

著者プロフィール

小島 琢矢(こじま たくや)
小島経営研究所 代表
1970年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 博士課程修了。博士(学術)。チェスの1993年世界青年(U-26)チーム選手権では 日本代表キャプテンを務めた。大学院、NTT基礎研究所では、コンピュータ囲碁の研究を行う。その後、NTTコミュニケーションズ(株)に移り、マーケティング、経営企画などを担当。
2005年3月に独立し、現在、経営コンサルタントとして、コンサルティング業務、講演、各種執筆を行っている。専門は、ブルーオーシャン戦略、経営品質向上プログラム、マーケティング、内部統制、リーダーシップなど。著書:「ポケット図解 新会社法がよ~くわかる本」(秀和システム) (2005年11月出版)
http://www.kojima-keiei.biz-web.jp

[2006年2月9日 掲載]


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